以前から「清掃差別」という用語がありました。毎日ごみの収集をする作業員は汚い仕事をする人として、一般住民は特別視してきたのです。民主主義が定着しているはずですのに、ひどい母親は作業員を指さして子供に「勉強しないと、大人になったらあんたもごみ集めにならないといけなくなるよ」というような教育をしてきました。私は一九五〇年に、この研究を始め、清掃の現場を知らないと本質が分からないだろうと、一週間ほどごみ収集の邪魔をしながら作業しました。当時は肩びき車という大八車(木製の車輪の軸の上に平板があって、それを引き棒大層にかける布製ベルトで引っ張って運ぶもの)に木枠を設けたものにごみを集めて運んでいました。大阪の北新地の裏通りのごみ収集をしていると、寝ぼけ眼のバーのママが出てきて、口では「ご苦労さん」といってくれますが、振り返ると、私の出ていった後で清めの塩をまいているのです。最近はその蔑視の目は確かに和らぎましたが、根底は変わっていないと思います。